【前編からの続き】
■アメリカには何故住んでいたのですか?
KOUICHI :
それは単純にアメリカが好きだからですね。
中学の夏休みに初めての海外旅行でおじいちゃんにニューヨークに連れて行ってもらったんですけど、「飛行機に十数時間乗っただけでこんなにも世界が違っちゃうのか」ってカルチャーショックを受けて。
「アメリカっておもしろいなぁ」ってのが子供の頃からずっとベースにあったんですよね。
加えて僕達1973年生まれってアメリカ大好き世代だと思うんです。音楽とかファッションとかアメリカで流行っているものを真似するのがカッコいいみたいな。アメカジとか渋カジとかね。笑
社会に出てフォトグラファーになって、7〜8年ぶりに仕事でニューヨークに行った時に、「やっぱりこの街いいなぁ」って改めて思って。
その時、現地の日本人ヘアメイクの方と仲良くなったのがきっかけで、翌年から毎年ニューヨークに遊びに行くようになったんです。
そうして3〜4年ぐらい経った頃、僕の日本でのキャリアがようやく回り始めていて。当時、女性誌の仕事をたくさん頂いてたんですけど、今の僕の写真をご覧いただけるとわかる通り、女性誌っぽい写真って1枚もないじゃないですか。笑
仕事はありがたかったし楽しかったんだけど、心のどこかで 「なんか消費されてる」 という気がしていて。。。
僕がカメラマンになりたかった時の気持ちを振り返った時に、生意気な言い方になりますが「こういうシーンを撮りたかったわけじゃないよな」って深く考えちゃったんですよね。
それでちっちゃい時からアメリカに憧れてて、今写真家って商売も出来てるし、人生一回なんだからアメリカでやってみたいなって思って。
思い切って一度日本のキャリアを止めて、ビザを取って行っちゃったんですよね。
このまま日本にいたら消費されてキャリアが終わっちゃう気がしたのと、どうせやるんだったら好きなシーンを撮りたいって気持ちが合わさって、もう行っちゃおう!って。
勝負かけたっすね。。。
■アメリカと日本を行ったり来たりする現在のワークスタイルになったのは?
KOUICHI :
思い切ってアメリカに行って、現地でアシスタントし直したりもして、2年ぐらい居たんだけど、正直やっぱりそんなに甘くなくて。
当時多少いただいていた仕事も、ほとんどが日本のクライアントだったんですよね。
その時38歳だったんですが、日本のマネージャーからも「このままそっちに居ちゃうと、もう日本の仕事も無くなっちゃいますよ。」って言われちゃって。
頑張って勝負したんだけど、残念ながらニューヨークに負けたみたいな。笑
でも、だったらニューヨークにもある程度人脈が出来てたし、日本とアメリカを行ったり来たりする仕事のイメージに出来ないかなと思い日本に戻ったんですよね。
日本でのキャリアを止めて、ゼロからアメリカで生活して、頑張って英語覚えて、現地でアシスタントし直したっていう経験は、自分の「こうじゃなきゃいけない」っていう固定観念を取っ払う事が出来たと思うんです。
いろんな部分ですごく柔軟になれて、自分の幅が広がったというか。
あのままずっとあっちに居たらどうなってたかはわからないですけど、あの時「もう無理!」って潔くスパッと日本に戻って、でもアメリカは好きだから行ったり来たりしてやろうっていうのも、アメリカにいたからこそ柔軟に考えれた選択だったと思うんですよね。
そのおかげで日本に帰ってきてからの流れもうまくいき、結果アメリカでは成功出来なかったけど、コロナが始まるまでは毎年年間で90日ぐらいは仕事でアメリカにいるというワークスタイルになってましたね。
■写真について、仕事で撮られている写真もアート作品も、どこか”コウイチさんっぽさ”を感じますが、何か意識されている事はありますか?
KOUICHI :
写真ってなかなか ”ぽさ” を表現するのが難しいので、そう言ってもらえるのはすごく嬉しいですね。そこはやっぱり努力している所でもあり、心がけている事でもあるので。
自分の作品の時と違ってクライアントワークになると、まずはお客様の要望があるので ”自分っぽさ” を出すのってなかなか難しいんですが、その中でもいかに”らしさ”を出すかを楽しみながらチャレンジしています。
それってキャリアの最初の頃はなかなか厳しかったんですが、今は長年やってきたからこそ自分らしさを出しちゃう。「ナカザワさんに頼むとこうなっちゃうよね」みたいな。笑
商業写真家として、それが良いか悪いかわからないですが、結果お客様が喜んでくれてるから良いのかなって。
技術的な事でいうと、僕の中で”らしさ”は画角だと思っていて、広い画角の中にまず見せたいものを入れて、残りの空間をどう埋めるかって事だと思うんですよね。
フィルムの頃は単焦点といって広角、標準、望遠ってそれぞれレンズを揃えていて、撮りたいシーンでその都度付け変えるのですが、デジタルが始まってズームレンズが主流になってくると、ズームで画角のバランスが変わっちゃうので、そういった部分では自分らしさを出すのがちょっと難しくなりましたよね。
今、使っているのはライカのカメラで「このレンズ」って決めてるのがあって、レンズ1本で画角を揃えるように意識して撮っています。
例えばこの遠くにマドンナがいる写真だったら、ほんとなら望遠レンズで撮るのが良いのかもしれないけど「いつもの俺のウェポンで行くっしょ。」みたいな笑
それが今の自分らしさに繋がっているのかもしれませんね。
■長年写真を撮られてきた上で、フィルム時代から現在もブレずに守っている事はありますか?
KOUICHI :
レンズチョイス。シーンによって「レンズはこれ」って自分の中で決めてる事っす。
それはアシスタント時代に学んだというか自分で叩き込んだ事なんですが、アシスタントの仕事っていかに師匠が気持ちよくシャッターを切れるかを考えて、どこまで準備するかなんですね。
僕の師匠であるミック・パークさんの側で、「このシーンでパークさんならこう撮るだろうな」って予測してレンズを選んで渡すんです。最初は「これじゃないよ!」ってよく怒られてたのが、日を重ねるとだんだん当たる様になってくるんですよね。
さっきの自分らしさの話に繋がりますが、当時師匠もよく周りから「パークさんっぽいよね」って言われてたのですが、それはそのレンズチョイスだったと思うんです。
レンズを固定してたら必然的に画角も決まってくるじゃないですか。
その時に学んだ、まずレンズをチョイスして、ここでこの距離で撮ろうって”世界を切り抜いていく感覚”はフィルム時代から変わってないですね。
■今後の展望についてお聞かせください
KOUICHI :
まずはこの『NO CAP』シリーズをやり続けたいってのと同時に、ランドスケープシリーズも出していきたいと考えているんですよ。
男のロマンとして”車でアメリカ横断”ってありませんか?
いろんな風景を撮りながら、途中でフェスやショーがあれば立ち寄ってパパラッチフレーバーの写真を撮りつつというのをやりたいですね。
もうひとつは近い内、「NO CAP」をニューヨークでやりたいんですよね。
向こうのいろんな有名人を撮ってきた中で、日本人の奥ゆかしいリアクションも好きなんですが、アメリカ人の好きか嫌いかわかりやすい両極端の反応が見たいですね。
肖像権ギリギリなところを本国でやって、どういうリアクションがあるのか。
スッゲー怒られて出禁になるか、「やべー!超いいじゃん!」になるかどっちかだと思うんですけど。笑
あとは早くコロナには落ち着いてもらって、またアメリカに行ったり来たりする生活に戻したいですね。
今、またグリーンカード申請してるんですよ。もちろん抽選なんですが、当たるとイヤでも半年はアメリカに住まなきゃいけなくなるので、当たって欲しい半分、当たったらどうしよう半分って感じで毎年応募してます。笑
もしほんとに当たっちゃったら、また人生の急展開があるかもしれないっすね。
10年先の事はわからないけど、死んでなければ多分写真は撮り続けてると思うし、僕はやっぱり基本的にアメリカが好きなので、出来るだけ長く好きなシーンを追いかけて撮っていたいですね。
【Kouichi Nakazawa】
写真家 / アーティスト
1973年 東京生まれ
2002年、M.S PARK氏のアシスタントを経て独立。
Fashion,Music,エディトリアル、ポートレイト、 国内外のMusic Fest やParty Snapなど、特にカルチャーシーンの撮影を得意とする。
現在、日本とアメリカを行き来するワークスタイルでWEB,紙媒体、広告等で幅広く活躍中。
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■Interview / Text / Photo
by YOSHIWO NISHIIMURA
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Thought To Real Vol.3 写真家 Kouichi Nakazawa 【後編】
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Thought To Real Vol.3 写真家 Kouichi Nakazawa 【前編】