『We’re OPEN』
「良いでしょう、そのマグカップ。」
この店の主人と思われる、小粋な眼鏡をかけた白髪混じりのいかにも優しそうな紳士が声を掛けてきた。
マグカップにも、ましてや食器についても、興味も知識も全くなかった当時の僕が、偶然入ったアンティークショップのショーケースに並んでいた美しい翡翠色の器に見とれていた時のことだ。
興味を示した僕に、主人は次から次へと見せ嬉しそうに説明してくれる。
その表情は、まるで宝箱の中身を自慢する少年の様で、聞いているこちらまで自然とその魅力に引き込まれていった。
以来、その店には幾度となく足を運んだ。
目当ての商品を手に入れる事が目的だったはずが、今思えば店主の人柄に触れ、会話を交わしに行くことが楽しみだったのかもしれない。
時代は流れ、街の景色は様変わり。
必要なものはオンラインを通して購入することが主流で、着たい服も食べたい物も、観たい映画も聴きたい音楽も、部屋でクリックすれば自分の手元に届く。
何とも便利な世の中になったものだと感心し、僕の日常でも少しづつそれが定着してきた。
ただ、常に心のどこかで物足りなさと、寂しささえ感じてしまう自分がいる。
それぞれのお店が醸し出す空気感。
「いらっしゃいませ」「こんにちは」の声。
同じ価値観を持つ人達との出会い。会話の中から得る新しい情報や知識。
あの日、アンティークショップで掛けられた一言から始まった僕の「買い物の醍醐味」は、何度クリックしてみても味わうことができない。
さあ、カーテンを開け出掛けよう。
きっと新しい発見や出会いが迎え入れてくれる。
「いらっしゃいませ」の声と共に。
RELATION PAPER ISSUE#5 『We’re OPEN』
2011年8月発行
Interview :
鈴木修(SHOP SAMS MOTORCYCLE)
ZARAME
NUTS ART WORKS
etc.
Art Direction : BAUM ART STUDIO